川崎市まちの樹50選・影向寺「サルスベリ」

川崎市まちの樹50選・指定番号15

宮前区野川・影向寺のサルスベリ(百日紅)

深大寺とつながる、影向寺の中世

近年に行われた発掘調査で、影向寺の歴史は7世紀後半まで遡ることが判明しました。

そんな長い歴史を持つ影向寺ですが、古代から中世にかけての詳しい歩みは、残された資料が少なく、今も謎に包まれています。

重要な存在となるのが、現在の東京都調布市にある深大寺です。

平安時代には天台宗の寺院となった影向寺は、中世になると深大寺との関係を深めていったと考えられています。

当時、地方の寺院にとって大きな課題だったのが、寺院を支える有力な庇護者を失うことでした。

影向寺も例外ではなく、次第に寺院の建物や伽藍を維持することが難しくなっていったとみられています。

そこで深大寺とのつながりを生かし、寺院の再興に必要な資金や協力を募る「勧進」を行ったと考えられています。

その成果の一つとされるのが、15世紀ごろに建てられた新しい本堂です。

それまでの金堂を廃し、密教本堂の形式を取り入れた、より小規模な本堂へと姿を変えました。

やがて江戸時代になると、元禄7年(1694年)に現在の薬師堂が再建されます。

つまり影向寺の歴史をたどると、古代の大寺院としての姿から、中世の寺院再興、そして江戸時代の「稲毛薬師」へ――。

その背景には、地域の人々の信仰だけでなく、深大寺との長い結びつきもあったのです。

現在、深大寺と影向寺はそれぞれ別の場所に静かに佇んでいます。

しかし、その二つの寺を結ぶ歴史を知ってから訪れてみると、武蔵国の各地に広がっていった仏教文化と、寺院同士のつながりが、少し違った景色として見えてくるかもしれません。