国産初のカラーTVアニメ『ジャングル 大帝』が放映開始された1965年に三田植木は創業しました
昭和42年~45頃の写真です!
時代が大きく動き始めた昭和40年(1965年)
高度経済成長の真っただ中にあった日本では、街が大きく姿を変え、人々の暮らしも少しずつ豊かになっていた時代です。
そんな1965年には、日本だけでなく世界でも、後の歴史に残るさまざまな出来事がありました。
日本と韓国の国交正常化に向けて日韓基本条約が調印され、同じ年にはシンガポールが独立。
空を見上げれば、国産初の旅客機YS-11が就航し、富士山では富士山レーダーによる観測が始まりました。
そして宇宙では、旧ソ連の宇宙船「ボスホート2号」によって、人類初の船外活動(EVA)が成功。
映画では『サウンド・オブ・ミュージック』が大ヒットし、テレビではプロレス中継が驚異的な視聴率を記録するなど、娯楽の世界も大きな盛り上がりを見せていました。
スポーツ界では、現在につながるプロ野球の第1回ドラフト会議が行われ、巨人が堀内恒夫、近鉄が鈴木啓示を指名。
三田植木が創業した昭和40年(1965年)の主な出来事
日韓基本条約調印
シンガポール独立
映画『サウンド・オブ・ミュージック』大ヒット
国産初の旅客機YS-11就航
富士山レーダー観測開始
旧ソ連の宇宙船「ボスホート2号」人類初の船外活動(EVA)成功
プロレス中継(WWA世界選手権・豊登×デストロイヤー)戦で視聴率51.2%を記録
プロ野球第1回ドラフト会議(巨人・堀内恒夫、近鉄・鈴木啓示投手)を指名
世の中が大きく変わり始めていた1965年。
その一方で、街の暮らしを支える仕事も、少しずつその役割を広げていました。
そんな時代に、三田植木は産声を上げました。
一本の木を植え、育て、手入れをする。
一見すると、時代の大きな出来事とはかけ離れているようにも見える植木の仕事ですが、木々は人々の暮らしのすぐそばにあります。
家が建ち、街ができ、そこに庭が生まれる。
そして、その庭で木々が育ち、季節の景色をつくっていく。
三田植木は、そんな「暮らしの中の緑」と向き合いながら、歩みを始めました。
あれから長い年月が流れ、街の風景も、人々の暮らしも大きく変わりました。
それでも、木を植え、育て、次の世代へつないでいくという仕事の本質は変わりません。
1965年、一本の木から始まった物語。
その歩みは、これからも街の緑とともに続いていきます。
| 会社名 | 有限会社三田植木 |
| 代表者 | 三田伸裕 |
| 住所 | 〒213-0035 神奈川県川崎市高津区向ヶ丘61-3 |
| 創業 | 昭和40年4月1日 |
| 許可登録 | 造園工事業 県知事許可(般-2)第57330号 |
| 事業内容 | 一般造園業 植栽、設計、施工、管理、垣根、池作り、石据え、他 公共造園業 植栽、外構工事、管理、他 |
| 資格免許 | 一級造園設計士 一級造園技能士 二級造園施工管理技師 |
| 従業員数 | 5人 |
| 取引銀行等 | 三井住友銀行 世田谷信用金庫 セレサ川崎農業協同組合 川崎信用金庫 |





