川崎市まちの樹50選・指定番号42
麻生区王禅寺・王禅寺の柿の木(カキノキ)
川崎市麻生区の「柿生」という地名の由来は、この地域で古くから栽培されてきた禅寺丸柿(ぜんじまるがき)が深く関わっています。
その発見については諸説ありますが、建保2年(1214年)、王禅寺の山中で発見されたのが始まりとされています。
それから約150年後の応安3年(1370年)。
焼失した王禅寺の再建にあたり、朝廷の命を受けて訪れた等海上人が、用材を求めて寺の裏山へ入ったところ、秋の日差しを浴びて真っ赤に熟した柿を見つけました。
ひと口食べてみると、そのあまりの美味しさに驚いた等海上人は柿を寺へ持ち帰り植樹。
さらに村人たちにも栽培を勧めたと伝えられています。
こうして禅寺丸柿は少しずつ地域に広まり、やがて柿生を代表する特産品へと成長していきました。
いまも残る、800年の記憶
平成19年(2007年)禅寺丸柿の歴史的な価値が改めて評価され、国の登録記念物として、王禅寺境内に残る原木と、そこから広まった民家の柿の木6本、合わせて7本が登録されました。
王禅寺に保存されている原木は、樹齢約450年ともいわれる原木の「ひこばえ」とされ、現在も大切に受け継がれています。
さらに禅寺丸柿は、「かながわの名木100選」や、川崎市選定の「まちの樹50選」にも選ばれています。
平成26年(2014年)には、伝承される発見年から数えて800年という節目を迎えました。
800年の歴史を刻む「禅寺丸柿」
「柿生」という村が生まれる
明治22年(1889年)、町村制の施行によって、黒川、栗木、片平、五力田、古沢、万福寺、上麻生、下麻生、王禅寺、早野の10か村が合併。
地域を代表する特産品にちなみ、「柿生村」という名前が付けられました。














