川崎市まちの樹50選・指定番号45
麻生区細山・細山神明社の楠(クスノキ)
多摩丘陵の細長い山々が連なる土地。丘陵の坂に佇む、細山神明社
その地形から「細山(ほそやま)」と呼ばれるようになったこの地域に、静かに鎮座する神社があります。
天照大神を祀る細山神明社です。
境内の鳥居脇には、樹齢数百年ともいわれる大きなクスノキが悠然と立っています。
長い年月を重ねた幹を眺めていると、この土地の歴史をずっと見守ってきたような風格を感じさせます。
神明社は、言い伝えによれば鎌倉時代に祀り始められたとされ、明治6年(1873年)には細山村の村社となりました。
さらに明治44年には、細山村や金程村の周辺にあった稲荷社、杉山社、秋葉社、春日社などが合祀され、地域の信仰を集める神社となっていきました。
「逆さ大門」に秘められた不思議な伝説
全国でも珍しい「逆さ大門」
細山神明社を訪れたなら、ぜひ注目したいのが、神社へ向かう参道の不思議な造りです。
一般的な神社では、鳥居をくぐると坂や石段を上り、社殿へ向かいます。
ところが細山神明社は、その反対。
鳥居が丘の上にあり、そこから坂を下った先に社殿があるのです。
この珍しい造りから、細山神明社は関東に三社あるといわれる「逆さ大門(さかさだいもん)」の神社の一つとして知られています。
江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』にも、この参道について「ここより社前までは下り坂なる故、土人これを逆大門とよぶ」と記されています。
なぜ「逆さ」になったのか
この不思議な参道には、さらに興味深い伝説が残されています。
かつて神明社の社殿は東向きに建てられていたそうです。
ところがある夜、社殿が一夜にして西向きに変わってしまいました。
村人たちは不思議に思い、元の東向きへ戻しました。
しかし翌朝になると、また西向きに。
そんなことが三度も続いたある夜、村の名主の夢枕に神様が現れ、
「村を守るためには、西の伊勢の方向へ向けよ。大門が逆になってもよい」と告げたといいます。
それ以来、社殿は西を向くことになり、結果として鳥居が丘の上、社殿が坂の下に位置する現在の「逆さ大門」になった――。
そんな神秘的な物語が、今もこの地に伝えられています。
絵馬に残る、庶民の願い
細山神明社には、もう一つ、興味深い信仰があります。
古くから、吹き出物や「下の病気」に悩む人々の信仰を集めてきたといわれています。
人々は願いを込めて絵馬を奉納し、藁づとに入れた蛤(はまぐり)を神前に供えました。
現在も拝殿には、近郷から奉納された絵馬が数多く残されています。
そこに描かれているのは、神に祈る女性の姿や蛤。
華やかな歴史の裏側にある、病気から逃れたい、家族が健やかに暮らしてほしい――。
そんな昔の人々の切実な願いが、絵馬を通して今にも伝わってくるようです。
大クスノキが見守る、細山の歴史
境内の入口に立つ、樹齢数百年ともいわれるクスノキ。
「逆さ大門」の参道を行き交う人々を見つめながら、この木もまた、細山の長い歴史を静かに刻んできたのでしょう。
丘陵の坂道に残る独特の参道。
西を向いた社殿。
そして、昔の人々の願いを伝える絵馬。
細山神明社は、ただ古いだけの神社ではありません。
地形と信仰、伝説と人々の暮らしが重なり合い、今も昔の面影を残している場所。
坂を下りながら社殿へ向かう「逆さ大門」を歩けば、いつもの神社とは少し違う、不思議な感覚に出会えるかもしれません。













