川崎市まちの樹50選・川崎大師平間寺 「クスノキ」

川崎市まちの樹50選・指定番号2

川崎区・川崎大師平間寺のクスノキ(楠)

日本屈指の厄除け霊場川崎大師平間寺

名称: 金剛山 金乗院 平間寺(通称:川崎大師)
御本尊: 厄除弘法大師(やくよけこうぼうだいし)
宗派: 真言宗 智山派(総本山:京都東山七条・智積院)
開創: 大治3年(1128年)
開基 / 功徳主: 尊賢上人(そんけんしょうにん) / 平間兼乗(ひらまかねのり)

奇跡の引き揚げ劇から始まった「厄除けのお大師さま」

成田山新勝寺、髙尾山薬王院と並び、真言宗智山派の「大本山」として尊ばれる川崎大師。

その歴史は平安時代末期、ひとりの武士の苦難から始まります。

無実の罪で故郷を追われ、川崎で漁師として暮らしていた平間兼乗。

彼が42歳の厄年を迎えたある夜、夢枕に高僧が立ちました。

「かつて唐で自ら彫り、海に流した像がある。早く網で引き揚げ、供養しなさい。さすれば災厄は転じて福徳となるであろう」

お告げ通りに海へ網を打つと、まばゆく光り輝く弘法大師の木像が引き揚げられました。

兼乗がささやかな草庵で毎日欠かさず供養を捧げていると、やがて諸国を旅していた高野山の高僧・尊賢上人が立ち寄ります。

由緒に深く感動した上人は、兼乗とともに寺院を建立。兼乗の姓から**「平間寺(へいけんじ)」**と名付けました。

その後、お大師さまのご加護により兼乗の無実の罪は晴れ、見事に故郷へ帰ることができたのです。

将軍も参詣! 江戸っ子を魅了したパワースポット

日本に真言密教をもたらしたお大師さまは、「私の姿(形相)を見る者、教えを聞く者を決して見捨てない」という強い誓願を残されました。

現代を生きる私たちにとっても、大きな心のよりどころです。

境内の楽しみ方&見どころ

大本堂を中心とした堂々たる七堂伽藍はもちろん、戦災を免れた貴重な「稲荷堂」など、境内にはご利益あふれるスポットが点在しています。

川崎市まちの樹50選・稲毛神社「イチョウ」

川崎市まちの樹50選・指定番号01

稲毛神社の大イチョウ(公孫樹)

江戸時代から「山王様の大銀杏」と親しまれていて、この大銀杏の周囲を回りながら願い事をすると、縁結び、子授け、子育て、学問や稽古事の向上に霊験があると言われているそうです。

樹齢一千年といわれる御神木

千年の大銀杏が知る、東海道の古刹「稲毛神社」

武将たちの信仰から「東の祇園」へ――社名に刻まれた波乱の歴史

川崎宿の鎮守として親しまれる「稲毛神社」。

その境内にそびえる樹齢千年の大銀杏は、かつてこの地で繰り広げられた武将たちの祈りと、街道の賑わいを見守り続けてきました。

時代に翻弄されながらも継承されてきた、神社の歴史と由緒をひもときます。

創始は神話の時代へ――武将たちが戦勝を祈った勅願所

創建の年代は定かではないものの、推定樹齢千年の御神木がその古さを物語ります。

社伝によれば、東国の争乱期に武神・武甕槌神(タケミカヅチノカミ)を祀ったのが始まり。

景行天皇が避難した伝説や、欽明天皇が動乱を鎮めるため経津主神らを併せて祀り、長く「勅願所」とした歴史が伝わっています。

頼朝、家康、そして「東の祇園」へ――幕府とともに歩んだ賑わい

時代が下ると、武家社会の中心的スポットとして存在感を放ちます。

鎌倉〜足利時代: 源頼朝の命を受けた佐々木高綱による社殿造営や、大般若経600巻の施入記録など、武家からの深い信仰を集めました。

江戸時代: 徳川家康公や天海僧正からの寄進を受け、川崎宿および周辺七ヶ村の鎮守として全盛期を迎えます。

毎年6月15日の例大祭「河崎山王まつり」は、その盛況ぶりから**「東の祇園」**と称えられ、東海道の名物となりました。