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川崎市まちの樹50選・東林寺「イチョウ」

川崎市まちの樹50選・指定番号39

麻生区上麻生・東林寺の公孫樹(イチョウ)

境内に立つ樹齢300年以上ともいわれる大銀杏

幾世代もの人々を見守ってきた、東林寺のシンボルともいえる存在です。

東林寺・麻生山修廣寺

東林寺は曹洞宗の寺院で、その歴史は関ヶ原の戦い以前にまで遡ると伝えられています。

山号を麻生山といい、開山は修廣寺4世の月秋文伯大和尚。慶長4年(1599年)寂。

静かな境内に足を踏み入れると、長い年月を感じさせる本堂が迎えてくれます。

本堂内陣には、堅固な須彌壇(しゅみだん)が設けられ、薬師如来立像、釈迦如来像、十一面観音像などが安置されています。

寺から始まった、地域の学び

東林寺の歴史を語るうえでもう一つ興味深いのが、地域の教育とのつながりです。

明治5年(1872年)、新しい学制が公布されると、この寺に「上麻生学舎」が開かれました。

寺院が地域の信仰の場であるだけでなく、子どもたちが学ぶ場所としても役割を担っていたのです。


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末長中町公園植栽剪定作業

みんなが集まる場所だからこそ、緑を安全に、心地よく



公園には、さまざまな植物が植えられています。

大きな木陰をつくる樹木、季節の花を咲かせる花木、園路を彩る低木や生垣。

そこにある緑は、公園の景観をつくるだけでなく、訪れる人に木陰や季節の変化を感じてもらう大切な存在です。

子どもたちが遊び、大人が散歩をし、ベンチでひと休みする。

そんな多くの人が利用する場所だからこそ、公園の植栽には「美しさ」と「安全性」の両方が求められます。

三田植木では、公園を利用する方々の目線に立ちながら、樹木や植物の健全な成長を考えた植栽管理を行っています。


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川崎市まちの樹50選・稲毛神社「イチョウ」

川崎市まちの樹50選・指定番号01

稲毛神社の大イチョウ(公孫樹)

樹齢一千年といわれる御神木

江戸時代から「山王様の大銀杏」として人々に親しまれてきたこの木は、長い年月にわたり、川崎の街とそこに暮らす人々を見守ってきました。

御神木大銀杏十二支巡り

その大きな幹の周囲を願い事をしながら回ると、縁結び、子授け、子育て、学問や稽古事の上達などにご利益があると伝えられています。

武将たちの祈りを見守った古社


稲毛神社の創建年代は定かではありません。

しかし、境内に立つ大銀杏の存在は、この神社が長い歴史を歩んできたことを静かに物語っています。

社伝によれば、その始まりは古代にまで遡り、東国の争乱の中で武甕槌神(たけみかづちのかみ)を祀ったことが起源とされています。

その後も、武家から篤い信仰を集めました。

鎌倉時代には源頼朝の命によって佐々木高綱が社殿を造営したと伝えられ、さらに大般若経600巻が奉納されるなど、武将たちの信仰を集める神社として発展していきます。

そして江戸時代。

徳川家康や天海僧正からの寄進を受け、川崎宿と周辺の村々を守る鎮守として、さらにその存在感を増していきました。

「東の祇園」と呼ばれた祭り

東海道の宿場町として川崎宿が賑わいを見せるようになると、稲毛神社もまた人々の暮らしの中で重要な場所となります。

毎年6月15日に行われる例大祭、「河崎山王まつり」は大きな賑わいを見せ、その盛況ぶりから「東の祇園」とも称されました。

旅人が行き交い、商人が集まり、祭りの日には多くの人々で賑わった川崎宿。

その光景を、この大銀杏はどれほど長い間、見つめてきたのでしょう。

千年の木が語る、川崎の記憶


武将たちの祈り。
東海道を行き交う旅人。
川崎宿の賑わい。
そして、時代とともに変わりゆく街の姿。

そのすべてを、大銀杏は言葉もなく見守ってきました。

春には新緑、夏には深い緑、秋には黄金色の葉をまとい、季節が巡るたびに姿を変える大銀杏。

けれど、その根は変わることなく、この場所にあり続けています。

千年という歳月は、一本の木にとっては一つの生命の時間。

その木の前に立ち、太い幹を見上げていると、川崎の街が歩んできた長い歴史が、年輪の向こう側から静かに語りかけてくるようです。


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川崎市まちの樹50選・坂戸ケヤキ

川崎市まちの樹50選・指定番号12

高津区坂戸・欅(ケヤキ)

企業の敷地に残る、大きな欅

かながわサイエンスパークの隣には、精密測定機器を製造する企業の広大な敷地があります。

その一角でひときわ目を引くのが、堂々と枝を広げる大きな欅(ケヤキ)です。

人の手によって整えられたというよりも、長い年月をかけて自然のままに成長したような、美しい樹形を保つ姿。

その大きさと存在感は、周囲の建物とは対照的でありながら、不思議なほど景観に溶け込んでいます。

精密機器を生み出す企業の敷地に、これほど大きな樹木が大切に残されていることは、単なる緑地以上の意味を感じさせます。

技術の発展と自然との共存。

この一本の欅は、企業が長い年月にわたって環境を大切にしてきた姿勢を、静かに物語っているようです。


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竹垣制作

竹垣制作風景

竹の特性を念頭に、慎重にかつスピーディーに作業を進めます。

先ずは材料となる竹を棕櫚の繊維で拭き上げて綺麗にします。

後はひたすら「均等に割り、均等にカットする」の繰り返しです。

均等に割るのはコツがいります。

組み上がった竹垣を見ると疲れも吹き飛びます。


➡ 三田植木の竹垣

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川崎市まちの樹50選・ 泉福寺「サルスベリ」

川崎市まちの樹50選・指定番号17

宮前区馬絹・泉福寺の百日紅(サルスベリ)

静かに佇む、天台宗の寺院泉福寺

寺の創建について詳しいことは分かっていませんが、過去帳によれば、義天法印によって開基されたと伝えられています。

その後、智賢法印によって中興され、現在の住職で30世を数えます。

本堂は1847年(弘化4年)、老朽化に伴って建て替えられたもの。

江戸時代から続く建物が、現在も境内の落ち着いた風景を形づくっています。

境内には樹齢約450年とされるサルスベリをはじめ、四季折々の草花が彩りを添えています。

春の芽吹きから夏の緑、秋の紅葉、そして冬の静けさまで、訪れる季節によって異なる表情を楽しめるのも泉福寺の魅力です。

江戸の賑わいを今に伝える泉福寺の絵馬

泉福寺には、江戸時代末の馬絹の風景を今に伝える、貴重な板面着色絵馬が秘蔵されています。

1857年(安政4年)制作の「泉福寺境内相撲図」

泉福寺の境内で行われた奉納相撲の様子が生き生きと描かれています。

当時の泉福寺は、信仰の場であると同時に、人々が集い、祭りや行事を楽しむ地域の交流の場でもあったのでしょう。

「泉福寺境内相撲図」は、川崎市重要歴史記念物に指定されています。


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川崎市まちの樹50選・ 泉福寺「イチョウ」

川崎市まちの樹50選・指定番号16

宮前区馬絹・泉福寺の公孫樹(イチョウ)

川崎市宮前区馬絹に静かに佇む、天台宗の寺院泉福寺。

境内へ足を踏み入れると、まず目を奪われるのが、樹齢800年とも伝えられる大イチョウです。

長い年月を生きてきたその姿は圧倒的な存在感を放ち、まるで寺の歴史そのものを物語るかのように、訪れる人を迎えてくれます。

花を育て、花を弔う土地の記憶

川崎市宮前区馬絹では、東京や横浜といった大都市に近い立地を生かし、古くから花卉(かき)栽培が盛んに行われてきました。

なかでも特徴的なのが、梅・桃・桜など枝物の栽培です。

出荷する時期に合わせて花を咲かせるため、かつては「室(むろ)」と呼ばれる貯蔵用の穴に枝を保管し、開花時期を調整する工夫が行われてきました。

また、花芽を傷めたり落としたりしないよう枝を束ねる「枝折(しおり)」という技術も、現在まで受け継がれています。

こうした馬絹独自の花づくりは、単なる農業技術ではありません。

都市近郊という土地の条件を生かしながら、長い年月をかけて培われてきた地域の生業そのものなのです。

そして、馬絹には花を「育てる」だけでなく、花に「感謝する」文化も残されています。

毎年8月17日には、花への感謝と、その霊を慰めるための花供養祭が行われています。

2018年には、節目となる第100回を迎えました。

泉福寺の境内に建つ花供養塔も、この地域の花卉栽培の歴史を伝える大切な存在です。

塔は、大正10年(1921年)に設立された馬絹花卉生産組合によって、1963年(昭和38年)に建立されました。

華やかな花を生み出してきた馬絹の農家たち。

その陰には、季節や天候と向き合い、枝一本、花芽ひとつを大切に扱ってきた人々の営みがありました。

現在では住宅地が広がる馬絹ですが、泉福寺を訪ね、境内の大イチョウや花供養塔を眺めていると、かつてこの地域に広がっていた花畑の風景が、少しずつ浮かび上がってくるようです。

江戸の賑わいを今に伝える泉福寺の絵馬

泉福寺には、江戸時代末の馬絹の風景を今に伝える、貴重な板面着色絵馬が秘蔵されています。

1854年(嘉永7年)に制作された「泉福寺薬師会図」。

絵の中には、境内にそびえる大イチョウと薬師如来像、そして大勢の参拝者で賑わう様子が描かれています。

当時の泉福寺は、信仰の場であると同時に、人々が集い、祭りや行事を楽しむ地域の交流の場でもあったのでしょう。

「泉福寺薬師会図」は、川崎市重要歴史記念物に指定されています。

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稲田公園せせらぎ清掃

公園管理

稲田公園にはせせらぎ、児童プール、少年野球場などの施設があり、春には桜が咲き誇る市民の憩いの場となっています。

せせらぎに堆積した落ち葉などを定期的に清掃しています。


多くの人が気持ちよく利用できる景観を保つ

公園は、地域の人々が共有する場所です。

さまざまな利用者の視点から植栽を考える必要があります。

伸びすぎた枝葉を整え、雑草を管理し、枯れた植物や不要な枝を整理する。

そうした一つひとつの作業が、公園全体の印象につながります。


きれいに手入れされたせせらぎは、訪れた人に「また来たい」と思ってもらえるような、気持ちのよい空間づくりにもつながります。


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川崎マリエン展望室

川崎港臨港地区・東扇島のアイコン「川崎マリエン」

次の打ち合わせまで時間があったのでタワー棟10階の展望室を訪れてみることにしました。

ロビーに置かれていたパンフレットによると、市民と川崎港の交流を深めるコミュニティー施設として1992年2月に建設され、正式名称は「川崎市港湾振興会館」というそうですが、「より親しみやすく分かりやすい愛称」と一般公募を行い、マリン(海)とエントランス(玄関)を組み合わせた造語「マリエン」が選ばれたそうです。

交流棟には会議室や研修室など、タワー棟には体育館や展望室があり、敷地にはバーベキューができる公園、テニスコート、ビーチバレーコートなど市民憩いの施設となっています。

タワー棟10階の展望室からは360°の景色を眺める事ができます。

東京湾、海ほたる、東京タワー、東京ゲートブリッジ、東京スカイツリー、羽田空港、臨海部の工場地帯など確認できました。

大使館御用達シェフの冷凍極上パスタ・リゾット

展望室の一角に電子レンジが置かれていて、「大使館御用達シェフの冷凍極上パスタ・リゾット交流棟一階で絶賛発売中」とありました。

ワンコインとは思えない本格的な味でした。